問題1

昔から中城村で現金収入源として多く栽培されていた砂糖の原料となる作物は?

A

B

C

サトウキビ

 

サトウキビは貴重な現金収入源として琉球王国時代から栽培されていました。現在の中城でも基幹作物として多くの畑で栽培されています。

問題2

歴史の道中城ハンタ道は、首里向けに○○Km続いている道です。

A

6.9km

B

10.5km

C

8.2km

 

中城ハンタ道は首里グスクを起点とし、西原の幸地グスク、中城の新垣グスク、中城グスクを通り、東海岸をぬけ勝連方面へ向かう道です。

問題3

田芋ターンム発祥はっしょうで知られるあざは次のうちどれでしょう?

A

津覇

B

南上原

C

久場

 

南上原にあった糸蒲いとがまという地域です。糸蒲いとがま寺のお坊さんが田芋を広めたといわれています

問題4

歴史の道中城ハンタ道のハンタという意味はどれですか?

A

がけ

B

あなた

C

石畳いしだたみ

 

ハンタとは沖縄の言葉で崖や端を意味する言葉です。歴史の道中城ハンタ道は崖沿いの道であることから、地元でハンタ道と呼ばれていました。

問題5

この中でペリー奥地探検隊が行っていない場所はどこ?

A

ターチャー石

B

中城グスク(中城間切番所)

C

新垣グスク

 

1853年に来琉したアメリカのペリー提督は、琉球奥地探検隊を編成し沖縄本島内を回りました。この時に新垣にあるターチャー石を「旗立岩」と命名し、中城グスクを訪れ城内の測量を行いました。よって探検隊が行ってないのは新垣グスクになります。

問題6
糸蒲の塔は何の塔?ふつう14糸蒲の塔
A

戦争で亡くなった人のための慰霊碑

B

昔集落があった記念碑

C

田芋発祥の記念碑

 

糸蒲の塔は沖縄戦で犠牲となった人たちの遺骨を集め安置している場所です。南上原一帯は熾烈な戦闘によって多くの死者を出した場所です。戦後、南上原の青年団を中心とした住民によって遺骨が集められ、この場所に塔を建て安置しました。現在は約800柱の御霊が祀られています。

問題7

護佐丸を自害に追い詰めた勝連の武将といえば?

A

鬼大城

B

尚巴志

C

阿麻和利

 

阿麻和利は勝連グスクの10代目城主として勝連を治めていた人物です。阿麻和利は琉球王国を自分のものとするために中山王に讒言し、護佐丸を討つように仕向けました。これを「護佐丸・阿麻和利の乱」といいます。しかし、阿麻和利は地元勝連では英雄として語り継がれています。

問題8
この写真の石積み方法の名前はなんでしょうか?
A

相方積み

B

野面積み

C

布積み

問題9

中城城跡内に実際にあったものは次のうちどれ? 

A

診療所

B

郵便局

C

役場

 

1908年、中城間切役場から、中城村役場となり、中城城跡一のくるわにあった建物を増築して使用していました。当時の役場はチャーギ(和名:イヌマキ)でつくられていました。

問題10

中城グスクを築城した人物ではない人は?

A

護佐丸

B

さち中城なかぐすく按司あじ

C

尚清

 

尚清は第二尚氏4代目国王です。彼は、第二尚氏3代目琉球国王尚真王の5男として生まれ、王族で初めて中城を領地として賜ったといわれています。

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