問題1

中城城跡内に実際にあったものは次のうちどれ? 

A

診療所

B

役場

C

郵便局

 

1908年、中城間切役場から、中城村役場となり、中城城跡一のくるわにあった建物を増築して使用していました。当時の役場はチャーギ(和名:イヌマキ)でつくられていました。

問題2
中城城跡にあるこれはなんでしょう?

A

のぞき穴

B

失敗作

C

銃を入れるための穴

 

中城城跡にはこのような穴がいくつかあります。これは火矢と呼ばれる火器の銃口を入れるためのもで、銃眼といわれています。ある意味「のぞき穴」の正解かも!?

問題3

中城城が築城ちくじょうされたのはいつごろでしょう?

A

13世紀

B

16世紀

C

10世紀

 

中城グスクが築城ちくじょうされたのは13世紀頃です。さち中城なかぐすく按司あじによって築城ちくじょうされ、14世紀頃護佐丸によって増築されました。

問題4

次のうち2014年に国指定文化財に指定されたものはどれでしょう?

A

屋宜湊やぎみなと

B

中城ハンタ道

C

中城城跡

 

2014年、新垣グスクや新垣集落跡が残る新垣地区、添石ヌンドゥンチの墓がある伊舎堂地区が国の史跡に指定されました。

問題5
糸蒲の塔は何の塔?ふつう14糸蒲の塔
A

田芋発祥の記念碑

B

昔集落があった記念碑

C

戦争で亡くなった人のための慰霊碑

 

糸蒲の塔は沖縄戦で犠牲となった人たちの遺骨を集め安置している場所です。南上原一帯は熾烈な戦闘によって多くの死者を出した場所です。戦後、南上原の青年団を中心とした住民によって遺骨が集められ、この場所に塔を建て安置しました。現在は約800柱の御霊が祀られています。

問題6

1945年、久場にアメリカ軍基地ができたため、中城村と分村した地域はどこでしょう。

A

浦添市

B

北中城村

C

西原町

 

沖縄戦後、久場全域・中城城跡一帯・熱田前原・大城後原・安谷屋桶川原・瑞慶覧全域がアメリカ軍に占領されました。当時の中城村は南北に分断されてしまい、戦後復興に大きな影響を与えました。そのため、中城村の分村について話し合いが行われ、1946年5月20日、中城村、北中城村が誕生し
ました。中城村と北中城村の分村は、沖縄戦がもたらした、やむ
を得ざる行政措置といえます。

問題7

田芋ターンム発祥はっしょうで知られるあざは次のうちどれでしょう?

A

久場

B

津覇

C

南上原

 

南上原にあった糸蒲いとがまという地域です。糸蒲いとがま寺のお坊さんが田芋を広めたといわれています

問題8
この写真の石積み方法の名前はなんでしょうか?
A

相方積み

B

布積み

C

野面積み

問題9
この写真はどこでしょう?
A

津覇のテラ

B

安里のテラ

C

糸蒲寺

 

安里のテラは子孫繁栄、健康祈願、五穀豊穣の御利益があるといわれています。

問題10
戦後引揚者上陸碑はどこにある?ふつう16戦後引揚者上陸碑 ①
A

B

屋宜

C

久場

 

戦後引揚者上陸碑は字久場の久場崎にあります。久場は沖縄戦後、米軍基地として収容され、久場崎は本土や海外に疎開した人々を迎え入れるための港として機能しました。久場崎は閉鎖されるまでの約4か月間で10万人あまりの人たちを迎え入れました。この碑はそんな久場崎の歴史と戦争の悲惨さを後世に残すために平成8年に建てられました。

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