問題1

沖縄戦時に砲弾を浴びてもなお現在も生きている木が津覇小学校内にあります。次の内どの木でしょうか?

A

ビロウ

B

クロキ

C

ガジュマル

 

ビロウの木は樹齢が推定100年以降のヤシ科の植物です。去った沖縄戦では幹に2月の砲弾を受け折れてしまいましたが、その後弾痕を残しながら成長し、今なおたくましく生きてます。

問題2

中城村内にある日本軍が構築した

高地陣地はなんでしょう?

A

中城高地陣地

B

161.8高地陣地

C

北上原高地陣地

 

標高161.8mの場所に建てられた高地陣地です。敵の目をあざむくためなるべく自然の岩に近い形でつくられています。北上原の石工5~6名や住民20~30名ほどで、軽便鉄道の鉄骨と松の木を基礎としコンクリートを固めてつくられました。

問題3

歴史の道中城ハンタ道のハンタという意味はどれですか?

A

石畳いしだたみ

B

あなた

C

がけ

 

ハンタとは沖縄の言葉で崖や端を意味する言葉です。歴史の道中城ハンタ道は崖沿いの道であることから、地元でハンタ道と呼ばれていました。

問題4

次のうち、先中城なかぐすく按司あじが築城していない部分はどこでしょう?

A

南の郭

B

西の郭

C

北の郭

 

北の郭は別名「井戸郭」ともいわれ、護佐丸によってつくられました。北の郭には、井戸があります。。

問題5

次のうち2014年に国指定文化財に指定されたものはどれでしょう?

A

屋宜湊やぎみなと

B

中城城跡

C

中城ハンタ道

 

2014年、新垣グスクや新垣集落跡が残る新垣地区、添石ヌンドゥンチの墓がある伊舎堂地区が国の史跡に指定されました。

問題6
糸蒲の塔は何の塔?ふつう14糸蒲の塔
A

戦争で亡くなった人のための慰霊碑

B

昔集落があった記念碑

C

田芋発祥の記念碑

 

糸蒲の塔は沖縄戦で犠牲となった人たちの遺骨を集め安置している場所です。南上原一帯は熾烈な戦闘によって多くの死者を出した場所です。戦後、南上原の青年団を中心とした住民によって遺骨が集められ、この場所に塔を建て安置しました。現在は約800柱の御霊が祀られています。

問題7

この中でペリー奥地探検隊が行っていない場所はどこ?

A

ターチャー石

B

中城グスク(中城間切番所)

C

新垣グスク

 

1853年に来琉したアメリカのペリー提督は、琉球奥地探検隊を編成し沖縄本島内を回りました。この時に新垣にあるターチャー石を「旗立岩」と命名し、中城グスクを訪れ城内の測量を行いました。よって探検隊が行ってないのは新垣グスクになります。

問題8
この写真はどこでしょう?
A

津覇のテラ

B

安里のテラ

C

糸蒲寺

 

安里のテラは子孫繁栄、健康祈願、五穀豊穣の御利益があるといわれています。

問題9
この写真の石積み方法の名前はなんでしょうか?
A

相方積み

B

野面積み

C

布積み

問題10

中城グスクを築城した人物ではない人は?

A

さち中城なかぐすく按司あじ

B

護佐丸

C

尚清

 

尚清は第二尚氏4代目国王です。彼は、第二尚氏3代目琉球国王尚真王の5男として生まれ、王族で初めて中城を領地として賜ったといわれています。

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