問題1
糸蒲の塔は何の塔?ふつう14糸蒲の塔
A

田芋発祥の記念碑

B

昔集落があった記念碑

C

戦争で亡くなった人のための慰霊碑

 

糸蒲の塔は沖縄戦で犠牲となった人たちの遺骨を集め安置している場所です。南上原一帯は熾烈な戦闘によって多くの死者を出した場所です。戦後、南上原の青年団を中心とした住民によって遺骨が集められ、この場所に塔を建て安置しました。現在は約800柱の御霊が祀られています。

問題2

沖縄戦時に砲弾を浴びてもなお現在も生きている木が津覇小学校内にあります。次の内どの木でしょうか?

A

ビロウ

B

ガジュマル

C

クロキ

 

ビロウの木は樹齢が推定100年以降のヤシ科の植物です。去った沖縄戦では幹に2月の砲弾を受け折れてしまいましたが、その後弾痕を残しながら成長し、今なおたくましく生きてます。

問題3
中城城跡にあるこれはなんでしょう?

A

失敗作

B

のぞき穴

C

銃を入れるための穴

 

中城城跡にはこのような穴がいくつかあります。これは火矢と呼ばれる火器の銃口を入れるためのもで、銃眼といわれています。ある意味「のぞき穴」の正解かも!?

問題4

護佐丸を自害に追い詰めた勝連の武将といえば?

A

阿麻和利

B

鬼大城

C

尚巴志

 

阿麻和利は勝連グスクの10代目城主として勝連を治めていた人物です。阿麻和利は琉球王国を自分のものとするために中山王に讒言し、護佐丸を討つように仕向けました。これを「護佐丸・阿麻和利の乱」といいます。しかし、阿麻和利は地元勝連では英雄として語り継がれています。

問題5

中城城跡内に実際にあったものは次のうちどれ? 

A

役場

B

診療所

C

郵便局

 

1908年、中城間切役場から、中城村役場となり、中城城跡一のくるわにあった建物を増築して使用していました。当時の役場はチャーギ(和名:イヌマキ)でつくられていました。

問題6

歴史の道中城ハンタ道は、首里向けに○○Km続いている道です。

A

10.5km

B

8.2km

C

6.9km

 

中城ハンタ道は首里グスクを起点とし、西原の幸地グスク、中城の新垣グスク、中城グスクを通り、東海岸をぬけ勝連方面へ向かう道です。

問題7

歴史の道中城ハンタ道のハンタという意味はどれですか?

A

石畳いしだたみ

B

がけ

C

あなた

 

ハンタとは沖縄の言葉で崖や端を意味する言葉です。歴史の道中城ハンタ道は崖沿いの道であることから、地元でハンタ道と呼ばれていました。

問題8

中城城の城主護佐丸が建てたといわれるグスクはどれ?

A

勝連城

B

座喜味城

C

首里城

 

座喜味城跡は15世紀頃、護佐丸によって造られたといわれています。

問題9
この写真の石積み方法の名前はなんでしょうか?
A

布積み

B

相方積み

C

野面積み

問題10

次のうち2014年に国指定文化財に指定されたものはどれでしょう?

A

中城城跡

B

屋宜湊やぎみなと

C

中城ハンタ道

 

2014年、新垣グスクや新垣集落跡が残る新垣地区、添石ヌンドゥンチの墓がある伊舎堂地区が国の史跡に指定されました。

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