問題1

歴史の道中城ハンタ道のハンタという意味はどれですか?

A

あなた

B

がけ

C

石畳いしだたみ

 

ハンタとは沖縄の言葉で崖や端を意味する言葉です。歴史の道中城ハンタ道は崖沿いの道であることから、地元でハンタ道と呼ばれていました。

問題2

中城村の村花は何でしょうか?

A

ハイビスカス

B

ブーゲンビリア

C

ニチニチソウ

 

1985年に選定されました。

問題3

歴史の道中城ハンタ道は、首里向けに○○Km続いている道です。

A

8.2km

B

10.5km

C

6.9km

 

中城ハンタ道は首里グスクを起点とし、西原の幸地グスク、中城の新垣グスク、中城グスクを通り、東海岸をぬけ勝連方面へ向かう道です。

問題4

中城村の特産品はなに? (ヒント:ごさまる君がもっている)

A

トマト

B

島にんじん

C

豆腐

 

11月ごろに収穫される島にんじんですが、沖縄県の各地で販売されている島にんじんの70%は中城産のものです。

問題5

中城城の城主護佐丸が建てたといわれるグスクはどれ?

A

首里城

B

座喜味城

C

勝連城

 

座喜味城跡は15世紀頃、護佐丸によって造られたといわれています。

問題6

中城城が築城ちくじょうされたのはいつごろでしょう?

A

10世紀

B

13世紀

C

16世紀

 

中城グスクが築城ちくじょうされたのは13世紀頃です。さち中城なかぐすく按司あじによって築城ちくじょうされ、14世紀頃護佐丸によって増築されました。

問題7

中城城跡内に実際にあったものは次のうちどれ? 

A

郵便局

B

役場

C

診療所

 

1908年、中城間切役場から、中城村役場となり、中城城跡一のくるわにあった建物を増築して使用していました。当時の役場はチャーギ(和名:イヌマキ)でつくられていました。

問題8
糸蒲の塔は何の塔?ふつう14糸蒲の塔
A

田芋発祥の記念碑

B

昔集落があった記念碑

C

戦争で亡くなった人のための慰霊碑

 

糸蒲の塔は沖縄戦で犠牲となった人たちの遺骨を集め安置している場所です。南上原一帯は熾烈な戦闘によって多くの死者を出した場所です。戦後、南上原の青年団を中心とした住民によって遺骨が集められ、この場所に塔を建て安置しました。現在は約800柱の御霊が祀られています。

問題9

中城グスクを築城した人物ではない人は?

A

尚清

B

護佐丸

C

さち中城なかぐすく按司あじ

 

尚清は第二尚氏4代目国王です。彼は、第二尚氏3代目琉球国王尚真王の5男として生まれ、王族で初めて中城を領地として賜ったといわれています。

問題10

護佐丸の墓は次の写真のうちどれでしょう?

ふつう23玉陵

ふつう23護佐丸の墓

ふつう23伊集のガマク小と儀保大工の墓

A

B

C

 

護佐丸の墓は、沖縄県内にある亀甲墓の中で最も古いお墓といわれています。1686年、護佐丸から8代目にあたる毛氏、豊見城親方盛定によりつくられました。

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