問題1

この中でペリー奥地探検隊が行っていない場所はどこ?

A

新垣グスク

B

ターチャー石

C

中城グスク(中城間切番所)

 

1853年に来琉したアメリカのペリー提督は、琉球奥地探検隊を編成し沖縄本島内を回りました。この時に新垣にあるターチャー石を「旗立岩」と命名し、中城グスクを訪れ城内の測量を行いました。よって探検隊が行ってないのは新垣グスクになります。

問題2

中城城跡内に実際にあったものは次のうちどれ? 

A

郵便局

B

診療所

C

役場

 

1908年、中城間切役場から、中城村役場となり、中城城跡一のくるわにあった建物を増築して使用していました。当時の役場はチャーギ(和名:イヌマキ)でつくられていました。

問題3

中城村の村花は何でしょうか?

A

ハイビスカス

B

ニチニチソウ

C

ブーゲンビリア

 

1985年に選定されました。

問題4

中城村の特産品はなに? (ヒント:ごさまる君がもっている)

A

島にんじん

B

トマト

C

豆腐

 

11月ごろに収穫される島にんじんですが、沖縄県の各地で販売されている島にんじんの70%は中城産のものです。

問題5

中城村内にある日本軍が構築した

高地陣地はなんでしょう?

A

中城高地陣地

B

北上原高地陣地

C

161.8高地陣地

 

標高161.8mの場所に建てられた高地陣地です。敵の目をあざむくためなるべく自然の岩に近い形でつくられています。北上原の石工5~6名や住民20~30名ほどで、軽便鉄道の鉄骨と松の木を基礎としコンクリートを固めてつくられました。

問題6
中城城跡にあるこれはなんでしょう?

A

のぞき穴

B

銃を入れるための穴

C

失敗作

 

中城城跡にはこのような穴がいくつかあります。これは火矢と呼ばれる火器の銃口を入れるためのもで、銃眼といわれています。ある意味「のぞき穴」の正解かも!?

問題7

歴史の道中城ハンタ道のハンタという意味はどれですか?

A

がけ

B

あなた

C

石畳いしだたみ

 

ハンタとは沖縄の言葉で崖や端を意味する言葉です。歴史の道中城ハンタ道は崖沿いの道であることから、地元でハンタ道と呼ばれていました。

問題8
中城村伊集で行われている伝統行事は?
A

ターファークー

B

パーランクー

C

ごさまる祭り

 

伊集のターファークーは中国から移民してきた久米びん人36姓によって伝えられたと言われています。現在、ターファークーを受け継いでいるのは伊集だけです。沖縄県の無形民俗文化財に指定されています。

問題9

沖縄戦時に砲弾を浴びてもなお現在も生きている木が津覇小学校内にあります。次の内どの木でしょうか?

A

ガジュマル

B

クロキ

C

ビロウ

 

ビロウの木は樹齢が推定100年以降のヤシ科の植物です。去った沖縄戦では幹に2月の砲弾を受け折れてしまいましたが、その後弾痕を残しながら成長し、今なおたくましく生きてます。

問題10
この写真はどこでしょう?
A

津覇のテラ

B

糸蒲寺

C

安里のテラ

 

安里のテラは子孫繁栄、健康祈願、五穀豊穣の御利益があるといわれています。

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