問題1

護佐丸の墓は次の写真のうちどれでしょう?

ふつう23玉陵

ふつう23護佐丸の墓

ふつう23伊集のガマク小と儀保大工の墓

A

B

C

 

護佐丸の墓は、沖縄県内にある亀甲墓の中で最も古いお墓といわれています。1686年、護佐丸から8代目にあたる毛氏、豊見城親方盛定によりつくられました。

問題2

護佐丸を自害に追い詰めた勝連の武将といえば?

A

鬼大城

B

阿麻和利

C

尚巴志

 

阿麻和利は勝連グスクの10代目城主として勝連を治めていた人物です。阿麻和利は琉球王国を自分のものとするために中山王に讒言し、護佐丸を討つように仕向けました。これを「護佐丸・阿麻和利の乱」といいます。しかし、阿麻和利は地元勝連では英雄として語り継がれています。

問題3

中城村の村魚は何でしょうか?

A

カツオ

B

タイ

C

モモイトヨリ

 

モモイトヨリは、イトヨリダイ科の魚で方言でイジュキンと呼びます。1985年に選定されました。

問題4

津覇にある伝統芸能は?

A

旗スガシー

B

獅子舞

C

ターファークー

 

獅子舞は約500年続いているといわれている津覇の伝統芸能です。

問題5

歴史の道中城ハンタ道は、首里向けに○○Km続いている道です。

A

8.2km

B

10.5km

C

6.9km

 

中城ハンタ道は首里グスクを起点とし、西原の幸地グスク、中城の新垣グスク、中城グスクを通り、東海岸をぬけ勝連方面へ向かう道です。

問題6
戦後引揚者上陸碑はどこにある?ふつう16戦後引揚者上陸碑 ①
A

久場

B

C

屋宜

 

戦後引揚者上陸碑は字久場の久場崎にあります。久場は沖縄戦後、米軍基地として収容され、久場崎は本土や海外に疎開した人々を迎え入れるための港として機能しました。久場崎は閉鎖されるまでの約4か月間で10万人あまりの人たちを迎え入れました。この碑はそんな久場崎の歴史と戦争の悲惨さを後世に残すために平成8年に建てられました。

問題7

沖縄戦時に砲弾を浴びてもなお現在も生きている木が津覇小学校内にあります。次の内どの木でしょうか?

A

ビロウ

B

ガジュマル

C

クロキ

 

ビロウの木は樹齢が推定100年以降のヤシ科の植物です。去った沖縄戦では幹に2月の砲弾を受け折れてしまいましたが、その後弾痕を残しながら成長し、今なおたくましく生きてます。

問題8

この中でペリー奥地探検隊が行っていない場所はどこ?

A

新垣グスク

B

ターチャー石

C

中城グスク(中城間切番所)

 

1853年に来琉したアメリカのペリー提督は、琉球奥地探検隊を編成し沖縄本島内を回りました。この時に新垣にあるターチャー石を「旗立岩」と命名し、中城グスクを訪れ城内の測量を行いました。よって探検隊が行ってないのは新垣グスクになります。

問題9

昔から中城村で現金収入源として多く栽培されていた砂糖の原料となる作物は?

A

B

サトウキビ

C

 

サトウキビは貴重な現金収入源として琉球王国時代から栽培されていました。現在の中城でも基幹作物として多くの畑で栽培されています。

問題10
中城村伊集で行われている伝統行事は?
A

ターファークー

B

パーランクー

C

ごさまる祭り

 

伊集のターファークーは中国から移民してきた久米びん人36姓によって伝えられたと言われています。現在、ターファークーを受け継いでいるのは伊集だけです。沖縄県の無形民俗文化財に指定されています。

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